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サンクチュアリ 史村翔原作/池上遼一作画【本の感想・レビュー】




「...なれるかな、私たちもあんなになれるかな...」
「...なれるわよ... 『生きる』っていう意志があれば...」

秋に「バカボンのパパはなぜ天才なのか」という本を読みました。
この本は「声に出して読みたい日本語」の著者として知られる齋藤孝氏厳選のマンガ68作品を紹介しつつ、そこから得られる人生訓が語られている本です。

今回読んだ「サンクチュアリ」も、掲載されており、興味をもちました。

だが、しかーし20年前(1990年から95年)にマンガ雑誌に掲載されていた作品だし、長いし。

マンガ喫茶で読もうかしら?と思っていたところ、運良く「楽天ダウンロード」で電子書籍(電子書籍 サンクチュアリ)になっているを発見しました。

うちのメインパソコンはmacなのですが、きちんと閲覧できました!

さてさて。
このサンクチュアリは、カンボジアの戦乱を生き抜き、日本へ帰国した北条彰と浅見千秋の二人が、彼らの心のなかにある「サンクチュアリ(聖域)」を描いて、日本を表と裏から変革する物語です。

北条と、浅見がカンボジアから日本に無事生還した時に感じた『違和感』に似たものを、私も感じたことがあります。

1995年に阪神大震災に被災して数日後に、実家に帰ったときでした。

それまでの数日間、ふだん意識したことがないことが、たいへんな努力や人手によってなりたっていて、そうしたものに自分は『生かされていた』ことを痛感しました。

例えば、おなかがすいたら、なにかしろの食べ物が、おうちにはあります。
なければ、コンビニや、スーパーにいって、食べ物を購入すればいいと思っていました。

まあ、そうなんですが、それをなりたたせているたくさんの要素に気がつきました。

食べ物が家にあるのは、スーパーなどで買ってきたからです。
スーパーに食品が並ぶまでには、原料をつくっている人、加工した人、運ぶ人、並べる人、レジをうつ人がいる訳です。
また、原料を育てるためには、畑があったり、加工する機械、運ぶ自動車が必要です。

そういった「連鎖」が途切れて初めて「ものすごくたくさんのこと」の上に、自分の生活がなりたっていることに、初めて気がつきました。

当然のように、いろいろなものがそこにあるので『生きている』実感がありませんでした。
それでも20歳までのほほーんと生きてこれました。

「生かされている」と思いました。
それはとてもありがたいし、感謝すべきことでもあるのですが、人間として生まれてきた以上「自分の意志で生きよう」と決意しました。

うまく言えないのですが。。。

そして実家に帰った時に、おそらく「生きる」ことを実感しないで「何となく生きている」方たちに違和感を感じたのでしょう。

なんとなく生活していても一生は終わるでしょう。
でもそれは「生かされている」状態です。
それでは本当に『生きている』と言えるのでしょうか?

今回「サンクチュアリ」を読んで、あのとき自分の意志で『生きる』という決意をしたことを思いだしました。


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keikeiakaka
管理人:けいけいあかか
自称:ライフデザイナー。 やりたいことが多すぎて、 人生の秋休み中。 節約&エコ&本&放浪好き。 2011年夏に日本一周を達成。 次は世界一周を夢見つつ webサイトの更新をする毎日です。


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