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100万回生きたねこ  佐野洋子 【本の感想】





ねこは、はじめて なきました。夜になって、朝になって、また 夜になって、朝になって、ねこは 100万回もなきました。
朝になって、夜になって、ある日の お昼に、ねこはなきやみました。
ねこは、白いねこの となりで、しずかに うごかなく なりました。

ねこは もう、けっして いきかえりませんでした。

先日、天に召された佐藤洋子さんの代表作「100万回生きたねこ」。

田口ランディさんの短編集で、プレイボーイの年下男子が「100万回生きたねこ」と比喩され、いきつけのコーヒー豆屋さんの本棚でたまたまみつけ、コーヒー豆をローストしてもらう間に読み、「スプリング・フィーバー(試写会レビュー)」という映画をみたときに、「主人公は100万回生きたねこだ!」と思い、佐藤洋子さんの訃報をきいて、この「100万回生きたねこ (佐野洋子の絵本 (1))」をきっちり読みたい、と思い購入しました。

ねこには、常に飼い主がいました。
ねこは、飼い主に愛され、可愛がられ、大切に飼われます。
ねこは、飼い主がきらい(だいきらい)ですが、そこから逃げだすでなく、一生をまっとうします。
あるがままの状況を受け入れて、生きて死にました。
そして、生きかえります。

あるとき、ねこは、だれのねこでもなく生まれます。
そして「そばにいたい」と思う白いねこにであい、つれそいます。
白いねこが動かなくなったとき、ねこははじめて泣いて、ねこも動かなくなり、死んで、生きかえりませんでした。

ねこは、「誰かのものであったとき」には飼い主に可愛がられ、幸せそうにみえるのに、ちっとも「生きていなかった」のではないでしょうか?

だから、100万回も生きかえって、「生きよう」としました。

「誰か」「飼い主」を自分を保護してくれるもの、生活の糧を提供してくれるもの、例えば「親」だったり、「会社」だったり、に例えると分かりやすいかもしれません。

誰かが与えてくれる生活では「生きていること」にはならずに、自分で選んだ生活でないと「生きていること」にならないと...

ひと(ねこ)によっては、「誰かが与えてくれる生活」に満足して、生きかえらないひと(ねこ)もいると思います。

わたしは「100万回生きたねこ」のように「自分で生きたい」ねこ(ひと)なんだ!と気がつきました。

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▼佐藤洋子さんの作品

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keikeiakaka
管理人:けいけいあかか
自称:ライフデザイナー。 やりたいことが多すぎて、 人生の秋休み中。 節約&エコ&本&放浪好き。 2011年夏に日本一周を達成。 次は世界一周を夢見つつ webサイトの更新をする毎日です。


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